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東京地方裁判所 昭和47年(合わ)234号 判決

主文

被告人向田勝を懲役一〇年に処する。

被告人向田勝に対し、未決勾留日数中五五〇日を右刑に算入する。

被告人向田勝から、押収してある交通事故証明書八通(昭和四八年押第四六八号の一、四、八二、一一一、一三〇、一三四、一三八、一四七中のもの)の判示各偽造又は変造部分及び押収してある診断書一三九通(同押号の一ないし一一、一六ないし二〇、二五ないし二九、三四ないし四〇、四七、五三ないし五八、六四ないし六八、七三ないし八九、一一一ないし一二三、一三〇ないし一四一、一四六ないし一四九中のもの)の判示各偽造部分を没収する。

被告人稲澤昭三を懲役五年に処する。

被告人稲澤昭三に対し、未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

被告人斎藤譲を懲役四年に処する。

被告人小材武由紀を懲役三年六月に処する。

被告人宗像紀夫を懲役三年に処する。

被告人佐伯岩男を懲役二年に処する。

被告人金賛虎を懲役二年に処する。

被告人金賛虎に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

被告人高竜賛を懲役二年六月に処する。

被告人高竜賛に対し、未決勾留日数中九〇日を右刑に算入する。

被告人高竜賛に対し、この裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中、証人白井寛一郎に支給した分は被告人高竜賛の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人向田勝は、東京都中央区銀座のクラブ等の飲食代金の取立てや交通事故の示談屋をしていたもの、被告人稲澤昭三は、もと同都江東区深川のリボンタクシー株式会社の事故係をしていたものであるが、被告人向田が乗つていた同社のタクシーが交通事故を起こしたため、同人のために示談交渉をしてやつたことから同人と知り合つたもの、被告人斎藤譲は、同都新宿区三栄町で喫茶店「ロクオン」を経営していたもので、友人である被告人小材から被告人向田を紹介されて同人と知り合つたもの、被告人小材武由紀は、同都新宿区四谷で喫茶店「マルス」を経営していたもので、同人の義姉が交通事故で負傷した際、同店の客であつた被告人向田にその示談交渉を依頼したことから同人と知り合つたもの、被告人宗像紀夫は、同都港区赤坂にあるクラブ「ラテンクオーター」のフロント主任をしていたもので、同店の客であつた被告人向田と知り合つたもの、被告人佐伯岩男、同金賛虎は、いずれも黒木信夫こと康舜喜の経営する金融業黒木商事事務所の従業員であつたが、被告人向田が同事務所に出入りするようになつたことから同人と知り合つたもの、被告人高竜賛は、東声会浅草支部の中山智彦の輩下として同人が設立した東亜開発企業株式会社の仕事の手伝いをしていたもので、被告人向田とは昭和三六年ころから知り合つていたものであるが、

第一ないし第三〈略〉

第四 被告人向田勝らは、交通事故証明書用紙の証明願欄に二台の自動車が衝突した旨など虚構の事実を記入し、作成警察署長名欄に、真正な交通事故証明書から警察署長の記名印及び公印が押捺されている部分を切り取つたものを貼りつけたうえ、これを複写機にかけて真正なもののような外観を呈する警察署長名義の交通事故証明書写を作成し、更に医師名義の診断書を偽造するなどして、双方の自動車運転手の自動車運転上の過失により人身交通事故が発生したように見せかけ、他人の自動車損害賠償責任保険証明書(以下保険証という。)二通を利用して一事故につき二つの保険会社から自賠責保険保険金を騙取しようと企て、

(一)  被告人向田は、別紙記載〈略〉のとおり、……各共犯者欄記載の者(当該被告人を除く。)らと共謀のうえ、各書類偽造、作成日時、場所欄記載の日時、場所において、行使の目的をもつてほしいままに、各診断書偽造者欄記載の者が、所定の診断書用紙に、各患者名欄記載の者(架空人)ごとに一通ずつ、その者が傷病名欄記載のとおりの傷病により治療を受けた旨の所要の事項を記入したうえ、その作成医師氏名欄に、かねて偽造して準備していた診断書作成名義人欄記載の記名印及び認印等を押捺し、もつて偽造した他人の署名印章を使用して事実証明に関する文書である医師作成名義の診断書を偽造し、更に交通事故証明書写作成者欄記載の者が、前記のような方法により架空の交通事故に関する事実を内容とする警察署長名義の交通事故証明書写を作成し、また、各保険契約者欄記載の者から保険証、実印及び印鑑証明書を借り受けて、自賠責保険保険金支払請求書類を作成したうえ、保険金支払請求年月日欄記載の日時に、提出場所、被害保険会社欄記載の保険会社において、担当者欄記載の係員に対し、右偽造にかかる診断書を、それらがいずれも真正に作成されたものであるように装い、前記交通事故証明書写等各保険金支払対象受傷者欄記載の者に関する自賠責保険保険金支払請求関係書類とともに一括提出行使して保険金の支払を求め、同係員らをして、真実交通事故証明書写記載のとおりの交通事故が発生し、各診断書記載の者が各診断書記載のとおりの傷害を負つたものである旨誤信させ、よつて、右係員らを介して各保険会社から、前記保険金名下に、各保険金騙取日時、場所、金額欄記載のとおり、現金又は小切手の交付を受け、あるいは被告人らにおいて開設した銀行普通預金口座に金員を振込入金させてこれらを騙取し、

(二)  被告人向田は、別紙記載〈略〉のとおり、……各共犯者欄記載の者(当該被告人を除く。)らと共謀のうえ、各書類作成日時、場所欄記載の日時、場所において、各書類作成者欄記載の者が、前同様の方法で架空の交通事故に関する事実を内容とする交通事故証明書写を作成し、更に判示第四の(一)記載の偽造にかかる診断書の写を作成し、各保険契約者欄記載の者から保険証、実印及び印鑑証明書を借り受けて、自賠責保険保険金支払請求書類を作成したうえ、保険金支払請求年月日欄記載の日時に、提出場所、被害保険会社欄記載の保険会社において、担当者欄記載の係員に対し、正当な保険金の請求をするものであるように装い、前記交通事故証明書写等各保険金支払対象受傷者欄記載の者に関する自賠責保険保険金支払関係書類を提出して保険金の支払を求め、同係員らをして、前同様誤信させ、よつて、右係員らを介して各保険会社から、前記保険金名下に、各保険金騙取日時、場所、金額欄記裁のとおり、現金又は小切手の交付を受け、あるいは被告人らにおいて開設した銀行普通預金口座に金員を振込入金させてこれらを騙取し、〈中略〉

たものである。

(証拠の標目)〈略〉

(判示第三の事実において、被告人稲沢、同斎藤につき、有印公文書変造、同行使罪を認定しなかつた理由)〈略〉

(交通事故証明書写の作成使用につき有印公文書偽造、同行使罪を認定しなかつた理由)

本件公訴事実中、判示第四に相当する部分において、被告人向田、同稲澤、同斎藤、同小材、同宗像、同佐伯、同金が右判示の共犯者らとそれぞれ共謀のうえ各交通事故証明書写を作成し、これを保険会社係員に提出した点は、有印公文書偽造、同行使罪として起訴されているので、右罪の成否について判断する。

右被告人らが判示のとおり各交通事故証明書写を作成使用したことは認められるが、その交通事故証明書写というのは、正規の交通事故証明書用紙の証明願欄に虚構の事実を記入し、その下方の部分を切り取つたうえ、真正な交通事故証明書から警察署長の記名印及び公印の押捺されている部分を切り取つたものを前記用紙の下方に貼りつけてつなぎ合わせ、これを複写機にかけて作つたもので、真正な交通事故証明書の写であるような外観を呈する書面である。したがつて、原本の作成名義人としての警察署長の記名印及び公印の形状はそのまま現われているが、それが印影そのものではなく、複写機によるその写であることは一見明瞭であり、公文書の原本として通用する可能性のある文書ではなく、被告人らもこれを原本として行使する目的で作成したわけではない。また、この書面には原本と相違ない旨の認証文言の記載も、写の作成者の署名、印章もない。このような認証のない公文書の写を作ることは何人にも許されるところであつて、その作成権限が一定の公務員に限定されているものではない。以上の点から見ると、本件交通事故証明書写は、その作成名義人として公務員の印章又は署名を使用した文書ではなく、また偽造した公務員の印章又は署名を使用した文書でもない。更に、交通事故証明書のこのような写は公務員の作るべき文書とはいえない。したがつて、右被告人らの前記各書面を作成した所為は、刑法一五五条一項の偽造罪に該当しないのみならず、同条三項の偽造罪にも該当しないと解すべきである。そうだとすれば、その使用が同法一五八条一項の行使罪に該当しないことは当然である。

たしかに、複写機による写は、原本の形状をそのままに再現するものであるから、原本の存在を強く推認させるものであつて、精巧な複写を容易に行なうことができるようになつた現在においては、社会生活上、複写機による写が各種の証明の用に供されていることは否定できない。しかし、本件について見ると、数人の受傷者に関する保険金を請求する際には保険請求書類中のいずれかに交通事故証明書原本を添付することが要求されており、他の保険会社に提出中であるなどの理由で原本を添付することができないときは写の提出が認められるが、原本の所在を明記すべき取扱とされていたことが認められるのであつて、被告人らが判示第四のとおり共同不法行為による交通事故として同一事故につき二つの保険会社に保険金を請求した際、保険請求書類のいずれにも原本を添付しなかつたのに保険金の交付を受けることができたのは、自動車保険料率算定会自賠責保険池袋査定事務所査定員生田實が被告人向田と意思を通じ、保険請求書類がすべて生田のところに回つてくるようにし、生田がみずからこれらを査定し通過させていたことによるのであり、生田が池袋査定所をやめてからは写だけによる請求はできなくなつたのである。このことからも、写のもつ証明力は原本のそれと格段の相違のあることが判るのであつて、刑法上軽々しく写を原本と同視することは許されないというべきである。

したがつて、前記被告人らの前記各所為は罪とならないが、これらは前記各交通事故証明書写等を使用して犯した判示各詐欺罪とともに科刑上一罪の関係に立つものとして起訴されたものと認められるから、主文において無罪の言渡はしない。

(累犯前科)〈略〉

(法令の適用)〈略〉

(量刑の理由)〈略〉

(小野慶二 西村尤克 鈴木輝雄)

別紙一〜二三〈省略〉

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